2005年9月4日

ワシントンというと、観光客はホワイトハウスやスミソニアン博物館があるNWつまり北西地区しか行かないと思います。しかし、議会のあるキャピトルヒルの裏側は、SEつまり南西地区で、町もNWやメリーランド、バージニアに比べると、寂しい雰囲気であります。NWなどに住んでいる人は、めったにSEへ行くことはないでしょう。

私は記者の頃に何回かSEに行ったことがありますが、同じワシントンとは思えないくらい、物騒な地域です。ニューヨークでも取材でブロンクスに行ったことがありますが、まるで内戦下のベイルートに来たかのような荒廃ぶりで、ビデオカメラで撮影していると、浮浪者たちが寄ってきて怖い思いをしました。

当時私が米国に住んでいて気になった点は、富裕層が下層階級の人たちが置かれた状況を放置して、我れ関せずという態度を取っていることでした。米国は、「神は自らを助ける者を助く」の思想を、世界のどこよりも忠実に国是としている国です。

この「上昇する者は好きなだけ上昇し、上昇志向のない者は、最底辺まで落ちてもしかたがない」という社会制度こそが、米国経済を強くしたのです。富裕層は、下層階級を救うための税金や社会保障費用を支払わなくて良いので、日本や欧州に比べて利潤を増やすことができます。

下層階級のために様々な安全ネットをはりめぐらしているドイツでは、高い税金や社会保障費用のために、企業の収益性が伸び悩み、雇用を拡大することができず、労働コストが高くなっているために、産業の空洞化も進んでいます。つまりドイツや大陸のヨーロッパ諸国では、米国に比べると富を税金や社会保障費用という形で社会の広い階層に再分配しており、そのせいで経済にダイナミズムが欠けているのです。

米国経済を強くした、富の格差を是認する思想は、ニューヨークの摩天楼に成果として結実していますが、一方で、その負の面はワシントンのSEや、NYのブロンクス、ニューオリーンズに沈殿してきました。米国に駐在している外国特派員たちも、そのような問題を取り上げてもニュースにならないので、こうした実態が世界中に報道されることは、めったにありません。

しかしハリケーン「カトリーナ」は、政府から取り残され、北部へ逃げるだけの金もなかった、3万人の人々を、スーパードームと会議場へ避難させ、そこに国家から見離された者たちが生きる地獄を1週間にわたり出現させました。

洪水の避難先で人々が飢えと乾き、病気で死んでいくというのは、先進国の生活にそぐわない状況です。普段はワシントンのSEやNYのブロンクスに潜んでいて、だれも顧みることのない米国の影の面が、スーパードームの惨状という形を取り、ハリケーンをきっかけとして、世界中のマスコミによって報道されたのです。

ブッシュ大統領が珍しく色をなして怒ったのも、こうした映像が全世界に流れたからに違いありません。ワシントンでホワイトハウスや国務省の記者会見場だけでなく、SEの現実を見てきた私には、スーパードームの前で人々が怒りを爆発させていたのもよく理解できます。

米国のメディアは、果たしてこの問題を、どのように扱うでしょうか。